理事長に就任して:求心力とともに遠心力の強化を -理事長挨拶

yamaoka

 

 

この6月の評議員会で理事に選任され、その直後の理事会において理事長に選任されました。助成財団有志の熱意と協力で助成財団資料センターが設立されたのは1985年。そのときに設立に向けて動き廻った立場から、深い感慨の念をもってお受けすることにしました。

1985年というとプラザ合意で円高が始まった年です。日本企業の海外進出が急速に始まる直前でした。その後はバブル経済に向かって世の中が段々と“威勢よく”なり始め、5~6年の間に多くの助成財団が設立され、私自身も数々の財団設立の相談に乗ってきました。しかしその勢いも、やがてバブル崩壊とともに萎んでいきます。新しい財団の設立は止み、既存の財団も低金利に喘ぐ時代に入ったのです。これを私は「財団の冬の時代」と呼んでいますが、残念ながらそれは24年を経た今も続いています。

このような中で、1990年は企業フィランソロピー元年とも言われますが、企業の社会貢献への意識が高まり、大企業は不況下にあっても独自のテーマを定めた寄附活動を活発化してきました。1995年の阪神・淡路大震災における市民活動の大活躍には、そのような企業の社会貢献も大いに関係しています。そしてそれまでに動き始めていたNPO法制定の議論を一気に活発化し、1998年の特定非営利活動促進法の成立に向かうわけです。

企業の社会貢献と市民活動のさまざまな協働の試みが展開され、このような中で市民活動との協働を目指す助成財団も増え、その有志がNPO支援財団研究会を発足させたのは2001年のことでした。助成財団センターはその事務局を担ってきました。
一方、2008年12月に施行された公益法人制度改革は2013年11月をもって移行申請期間を終えました。多くの助成財団が早い時期から真剣にその移行に取り組み、殆どは公益財団法人の認定を受けて新しい道を歩み始めています。このような動きについても、助成財団センターは政策提言や個別相談において重要な役割を果たしてきたように思います。

このような動きの中で、2011年の東日本大震災における救援活動や復興支援でも一定の役割を果たしてきたといえるでしょう。

また各地において新設の公益財団法人制度を生かした「市民ファンド」設立の動きも活発化しています。まだ資金的には厳しい状況ですが、日本のフィランソロピー社会の土台を築く過程として、注目していきたいと思います。

また全く別の文脈から、研究に関する倫理が問われ始めています。多くの研究助成財団を会員とする当センターでも、この動きにどう対応すべきか、議論が必要になってきています。

助成財団は社会的な存在です。民間の志をもった資金を、時代の先を読みつつ長期的な視点をもって社会のために活用するプロ組織です。助成財団センターは、いわばそのようなプロ組織の集まりです。お互い同士が切磋琢磨してそのプロとしての腕を磨きあい、かつ社会に向けて助成財団の意義と役割、その成果やアウトカムを発信する装置です。それは内部的な求心力と外部に向けた遠心力を必要とします。これまでの活動を見ると、助成財団界における求心力を強めることには大きな役割を果たしてきたものの、社会に向けた遠心力を強めるには十分でなかったように感じます。

これからは、社会に向けた発信をさらに強化し、さまざまな形で社会=ステークホルダーとの対話を積極的に行うことが必要ではないでしょうか。センターのリソースを一つ一つ確認しつつ、新しい時代に向けた取り組みを進めていければと考えています。ご協力をよろしくお願いします。

   平成26年7月

公益財団法人 助成財団センター
代表理事・理事長 山岡 義典